2013年7月2日火曜日

6月23日 沖縄 渡嘉敷島

沖縄にいってきました!

計画を立てていたとき(3月、4月のころ)は
梅雨があけるかどうかの心配していました。
実際は、
梅雨は1週間前にあけており、あわや沖縄で台風とご対面か・・・
という状態でしたが
運良く、台風一過の夏日となりました。

今回の沖縄行き、お天気は重要項目でした。
なぜならメインイベントは、渡嘉敷島の綺麗な海だったから!



念願叶いました〜。

こんな綺麗な海とスーパーフルムーンに遭遇したのは6月22日(土)。

1泊して23日も朝からいい天気で、元気に海で遊んでいました。

お昼頃、ビーチから戻るとき、サイレンが鳴り響き、
島の人たちが同じ方向を向き黙祷を捧げていました。
6月23日、この日が
沖縄にとって、日本にとって、意味のある日と知ったのはそのあとでした。

沖縄 慰霊の日。
テレビでなんとなくニュースになっていたけれど、私は無関心でした。
でも、実際に鳴り響くサイレンの音を聞いて、
戦没者に黙祷をささげるおじぃ、おばぁの姿を見て、
はっとして、同じ方向を向いて頭をさげました。
他の観光客も、目に入る人たちはみんなやっていました。

黙祷をささげ終えると、おじぃは
だれに向かってでもなく「みなさん ありがとね」と言いました。。。

こんな経験は初めてでした。
おばあちゃんの戦争中の疎開の話も、聞き慣れて昔話になっていました。
広島の原爆の日のテレビ中継にも慣れてしまっていました。


23日の夜には、那覇に戻り
国際通りの民謡酒場で「ひめゆりの塔」を聞きました。
涙を浮かべて歌っているおねぇと、
私たちが渡嘉敷島の帰りだという話になり
「こんな日に海に入るなんて、足ひっぱられなかったか?」
って冗談まじりに聞かれました。


そのときはすでに23日がどんな日か知っていたのですが、
本当に、何も知らなくて恥ずかしかった。。。


でも、しんみりしたところは一瞬で、
すぐにカチャーシーはじまって、「ハイさおじさん!ヘンなおばさん!」なんて歌っちゃって。
泡盛と音楽とソーキパワーで
「悲しみの先の、突き抜けた明るさ」に到達していくのでした。

これって「サンバ」に通じると感じます。



小さい小さい渡嘉敷島で
日本と戦争と世界について、考えさせられました。


















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